大判例

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東京高等裁判所 平成7年(う)666号 判決

裁判所書記官

名田明弘

本籍

東京都足立区舎人五丁目二四番地の五七

住居

同都青梅市新町一一二二番地の二

会社員

伊倉邦夫

昭和一九年一一月一四日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成六年三月一七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席の上審理し、次のとおり決定する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人武田聿弘名義の控訴趣意書に記載されたとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで調査するに、本件は、(1)不動産の売買及び仲介等を目的とする大東産業株式会社(以下「大東産業」という)に勤務し、同社の不動産売買の業務に従事していた被告人が、同社の業務全般を統括していた原審相被告人伊藤茂(以下「伊藤」という)と共謀の上、同社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産売買を他社名義で行うなどの方法により売上を除外するなどして所得を秘匿し、大東産業の昭和六三年七月期の実際総所得金額が五億〇八六〇万六八六七円、課税土地譲渡利益金額が五億一一〇七万七〇〇〇円であったにもかかわらず、所得金額が七四六七万三二二二円、課税土地譲渡利益金額が八七〇二万三〇〇〇円で、これに対する法人税額が四八五二万九六〇〇円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、正規の法人税額との差額二億七二八七万〇一〇〇円を免れ、(2)大東産業に勤務するかたわら、自己が取り扱った不動産売買に関し、同社から取引の分配金を得ていた被告人が、自己の所得税を免れようと企て、同社の不動産売買を他社名義で行うなどの方法により同社からの分配金収入の事実を隠蔽するなどして所得を秘匿し、昭和六二年分の実際総所得金額が二億七五二三万七四〇〇円、昭和六三年分の実際総所得金額が七九四一万七二〇四円であったにもかかわらず、いずれも、納期限までに所轄税務署長に対し所得税確定申告書を提出しないでその期限を徒過させ、もって、昭和六二年分の正規の所得税一億五六四二万九八〇〇円、昭和六三年分の正規の所得税三七二〇万二六〇〇円をそれぞれ免れた、という事案である。

このように、大東産業の昭和六三年七月期における法人税約二億七二〇〇万円のほ脱に加担し、さらに、自己の昭和六二年及び昭和六三年分の所得税合計約一億九三〇〇万円をほ脱したものであるが、各ほ脱額がかなりの高額に上っているほか、ほ脱率も、法人税分が約八五パーセント、所得税分が大東産業からの給与所得に関する源泉徴収分を除いて一〇〇パーセントといずれも高率になっているところ、被告人が各犯行に及んだのは、大東産業の法人税については、主として被告人が同社から多額の分配金収入を得ている事実を隠すためであり、被告人個人の所得税については、結局は私利私欲のためであったと認められ、犯行に至る経緯や犯行の同期について斟酌すべき点は何ら見当たらない。この点に関し、被告人は、不動産取引に絡み手付金を騙取したとして告訴された詐欺事件の被害弁償に充てる目的もあって脱税に及んだ旨を供述し、さらに、所論は、本件の脱税によって得た金の一部を右詐欺事件の被害弁償に充てていることを量刑に当たって斟酌すべきである旨を主張している。しかしながら、自分が惹起した犯罪に関して損害の賠償に努めるのは当然の責務であって、誠実に金策をすることなく、賠償金を作る手段として脱税という新たな犯罪を実行し、国家の課税権を侵害して国庫に多大な損害を及ぼすようなことが正当化されるいわれはない。また、現実に脱税金の一部を被害弁償に使ったことについても同様に格段斟酌すべき事情とはいえない(因みに、詐欺事件の示談金に充てられた金額は約七六〇〇万円に過ぎず、その余は事業資金などに充てられたものと認められる。)。

大東産業の所得秘匿の手段、方法は、主として、被告人が過去に経営に関与していた二つの倒産法人の名義を用いるなどして四件の不動産取引を行い、各取引による売上の金額を除外するというものであって、強固な犯意に基づく計画的な犯行であることが明らかである。さらに、将来の税務調査を困難にするため、登記簿上、当該倒産法人名が出ないようにいわゆる中間省略登記を用いたほか、同法人の代表者を変更してその新代表者の所在を不明にしたり、追跡困難な特定の個人名義の印鑑証明書等を買い入れて同名義を代表者名に使用したりしており、まさに巧妙、悪質な手段が用いられていたというべきである。また、被告人個人の所得秘匿の手段方法に関しても、右に述べたことがそのまま当てはまるばかりか、前記のとおり、所得税法違反の犯行は二年度にわたり多額の分配金収入を一切申告しないという無申告事案であって、その意味でも同犯行の態様は悪質である。

そして、被告人は、大東産業の法人税ほ脱事案に関し、同社の実質的経営者ないしは代表取締役で資金の出捐者でもある伊藤に劣らない重要な役割を果たしたものである。所論は、伊藤こそが法人税法違反の犯行の首謀者であり、被告人は一従業員として伊藤の意向に従って行動していたに過ぎないと主張するが、そもそも、不動産取引にダミーを使って売上を除外するという方法はこの種取引の豊富な経験を有する被告人が伊藤に教示したことであり、本件における各不動産取引に当たっても被告人が積極的かつ実質的にそれぞれの交渉等に関与していたものと認められ、さらに、売上除外によって得られた利益のほぼ半分を分配金として被告人が取得していることなどに照らし、所論を採用することはできない。

そのほか、本件ほ脱所得税に関し、本税、延滞税、加算税等がまったく納付されておらず、現段階では、これが将来納付される具体的な見込みもないと認められること、被告人は昭和六三年一二月、不動産取引に関して手付金を騙取したという詐欺の罪により勾留中起訴され(同月下旬ころ保釈決定により釈放)、翌平成元年四月一〇日、懲役二年六月(五年間保護観察付執行猶予)の有罪判決を受けたもので、昭和六三年分の所得税の申告時期については、右刑事裁判が係属しており、刑事被告人の身であったことを併せ考慮すると、犯情は甚だ芳しくなく、被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。

そうすると、大東産業の本件ほ脱法人税につき、本税、加算税等が全額納付済みであること、被告人の本件ほ脱所得税についても、被告人において、できるだけ納付したい旨の意思を表明していること、その他、被告人の反省の態度や家庭の状況など、被告人のために酌むことのできる諸事情を十分考慮しても、本件が懲役刑について執行猶予を相当とする事案であるとは考え難く、被告人を懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないものというべきであり、これが重すぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)

控訴趣意書

被告人 伊倉邦夫

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、弁護人の控訴の趣意は、左記のとおりである。

平成六年七月四日

右弁護人 武田聿弘

東京高等裁判所第一刑事部 御中

被告人には、次に述べるとおり有利な情状もあるので、原判決の刑の量定は不当であり、破棄を免れない。

一 被告人伊倉に対する罪となるべき事実は、(1)一審相被告人伊藤(以下「伊藤」という)と共謀し、被告会社の昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度における法人税額二億七二八七万〇一〇〇円を免れることに加担し、(2)被告人伊倉が確定申告書を提出しないで、昭和六二年分の所得税一億五六四二万九八〇〇円、昭和六三年分の所得税三七二〇万二六〇〇円を免れたというものである。

被告人は、右事実を第一審公判において素直に認め、反省の態度を示しているが、原判決は、おそらく被告人伊倉が右現金を納付できないでいることから、実刑判決を下したものと思われる。

二 原審裁判官は、被告人伊倉が何とか右税金を納めたいと努力していることを認めてくれていたものと思われるが、結果的に、被告人伊倉は、金策ができず、その配慮に応えられなかったのである。

三 しかしながら、被告人伊倉は、現在でも右税金納付に向けて努力しており、また、本件については、伊藤に対し、執行猶予付の判決がなされているのであるから、次に述べる被告人伊倉に有利な情状も斟酌のうえ、被告人伊倉に対しても執行猶予付き判決をするのが相当である。

1 本件法人税法違反の首謀者は伊藤であったこと

第一審判決も量刑で認めているとおり、伊藤が「被告人伊倉に持ち掛け、被告会社を設立し、・・・被告人伊倉を売買交渉などの業務の中心に据えさせるとともに売買隠蔽工作をなさしめ」たのであり、被告会社の設立自体が出資者たる被告人伊藤の脱税の目的からなされ」ているのである。

してみれば、法人税法違反の首謀者は伊藤であり、被告人伊倉は一従業員として、伊藤の意向に従って行動していたにすぎない。

2 所得税法違反の点については、期限後申告を了していること

被告人伊倉としては、納税できるか否かはさて措き、本件で正しく申告さえしておけば、脱税の罪に問われなかったのである。

残念ながら、被告人伊倉は、前記法人税法違反の発覚を避けなければならないため、申告が出来なかったのであるが、その後、平成元年一二月に期限申告を了した。

3 被告人伊倉の所得の一部は被害弁償に回されていること

被告人伊倉は、本件脱税以前の不動産取引に関し、詐欺事件として責任を追及される立場にあったのであり、その被害者の方々と示談するため、右所得のかなりの部分を被害弁償の示談金として使い、被害回復を図ったのである。

4 被告人伊倉には幼い二人の子どもがいること

被告人伊倉は、昭和五七年一二月に妻政子と婚姻し、現在、二人の間に生まれた一〇歳と七歳の二人の女児を養育している。

被告人伊倉の家族関係は良好であり、被告人伊倉が収監される事態になれば、右二人の女児の養育に重大な影響を与えることになる。

5 被告人伊倉は、現在でも税金納付に努力していること

被告人伊倉は、数年来、手がけている不動産事業(マンション用地の取りまとめ)に多額の資金投下をしており、右事業が現下の不動産不況の中で遅れに遅れてしまっている。

原審においても、右事情を訴え、時間的に御配慮をいただいたものの、結果的に報いることができなかったが、幸い、最近においてマンション事業の活況も伝えられており、被告人伊倉としては、何がしかのまとまった収入が得られれば、直ちに税金の一部でも納付する決意で奔走している。この点は、控訴審においても御理解頂ければ幸甚である。

以上

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